自分の生まれた地域のこと、知ってる?

imge 国分寺市内にある「お鷹の道・真姿の池湧水群」周辺エリアにウォーキングに行ってきました。
何度も書いているように、こぐまは水のある場所が好き。
自宅から30分くらいで行ける場所なので、お鷹の道・真姿の池コースはお気に入りです。
大きなペットボトルを何本も自転車に積んで、飲料水として汲みに来る人がいるほど、
清く澄んだ水なんですよ。夜にはホタルも見られます。

残暑が厳しかったので、お散歩中のワンちゃんも、しばし休憩…とばかりに、着水。
カワイイ、カワイイと、散歩中の人たちも集まってきます。
なかなかワンちゃんが水浴びできる川なんてないですからねぇ…なんて話してるうちに、
5分、10分、15分…おいおい!お前さん、いつまで浸かってるつもりだ!?
お腹冷えなかったかなぁ??結局、僕が再び歩き出した20分後まで、ずっとこのまんまでした。

話は突然変わりますが…

「自分が生まれた国や地域の歴史や文化を知らない人、好きじゃない人が多い」。
こないだ仕事帰りにお酒を飲みながら、そんな話題になりました。

「海外旅行が好きで、毎年のようにアメリカ・アジア・ヨーロッパ…と観光を楽しんでるけど、
日本の歴史や文化について、自分の言葉で(日本語でも外国語でも)紹介することはできない」とか、

「地方から東京に出てきて、銀座や六本木・渋谷・新宿などの街には詳しいけれど、
自分の生まれた地域については、あんまり知らない…」。

そんな人は結構いるんじゃないでしょうか。

東京都・埼玉県にお住まいの方、あなたが住んでいる地域が、
かつて、なんという国名だったのかご存知ですか?

(1)江戸
(2)武蔵
(3)彩の国

正解は、そう「(2)武蔵」。

じゃあ、この武蔵国の中心はどの辺りだったのでしょう?
江戸時代には、江戸城が日本の中心都市になりましたが、
じゃあ、徳川家康が江戸に入るよりも前は??

(1)江戸(東京都心部)
(2)多摩地域(東京都下)
(3)さいたま市周辺

正解は(2)多摩地域(東京都下)。
正確にいうと多摩地域に属する府中市・国分寺市周辺です。
意外でしたか!?

府中市には「大国魂神社」というのがあります。
この周辺には、今でいう都道府県庁にあたる「国府」が置かれていました。
つまり府中市は、現在の東京都でいう東京(新宿区)、埼玉県でいう「さいたま市」にあたるわけです。
ちなみに現在では大国魂神社の裏に東京競馬場があって、賑やかにお馬さんたちが駆けています。

もうひとつ。武蔵国の中心と考えられる場所があります。
府中市のお隣り、国分寺市です。その名の通り、ここには「武蔵国分寺・国分尼寺」があります。
国分寺・国分尼寺といえば、ご存知の通り、奈良時代に東大寺の大仏を建立した聖武天皇が、
国家鎮護のために全国に僧寺・尼寺を造らせたという一大プロジェクトの、あれ。
ここまで大規模な国家事業って、他にないんじゃないでしょうか?
その国分寺・国分尼寺があった国分寺市も、武蔵国の中心地として考えられるわけです。

大国魂神社・国分寺を結ぶかたちで、「東山道武蔵路」という、今でいう国道が走り、
その沿線に役所や豪族・武士たちの屋敷が構えられていたと考えられています。
東山道武蔵路は府中・国分寺から北へ向かい小平・東村山・所沢…と多摩地域・埼玉県を通っています。

今でこそ「23区は都会」「多摩は田舎」というイメージが浸透しちゃっていますが、
もともとは全く逆だったんですねー。

国分寺市

国分寺市といえば、その名のとおり武蔵国の国分寺がある場所。都心からは中央線で30分ほどかかるので、田舎イメージが強いけど、近年、駅前は大きく様変わりしています。かといって、吉祥寺や立川ほどの賑わいを見せているわけでもなく、地元の人たちが食事をしたり、買い物をしたりするのにぴったりな、住みやすい衛星都市です。

トトロが住む里

imge 東村山には、こんなかわいい橋や公園があるんです。
「弁天橋」と「弁天池公園」。
西武新宿線の東村山駅西口から北山公園方面に向かう途中にあります。
imge2北山公園へ向かうルートはいくつかあるんですが、
僕はいつも、弁天橋・弁天池公園を通るコースで行きます。
詳しくは、東村山駅西口の商店街の各店舗で配布されている
散策マップをご覧下さい。

この橋と池を越えると、そこには映画「となりのトトロ」の舞台にもなった北山公園・八国山の緑いっぱいの散策コースが。こぐまが一番好きなウォーキングコースです。そう、「のび太くん」にとっての、学校のうら山みたいな存在かな。

詳細は、こぐまのウォーキング記事を掲載して頂いているタチカワオンラインをご覧下さい。

東村山市

言わずと知れた、「バカ殿」様の生まれ故郷。かつ、こぐまの出身地。でも、それだけじゃないのが東村山の奥深さ(別に、自分の出身地だからフォローするわけじゃなくて…)。

意外なことに、歴史上、けっこう重要な土地なのです。例えば、「鎌倉街道上の道」といって、鎌倉時代に北関東に住む御家人たちが「いざ鎌倉!」と将軍のもとへ参上する際に使われた幹線道路が市内を通っていたり、鎌倉幕府壊滅を目論んだ新田義貞が、幕府軍追討の戦「久米川の戦い」で勝利を収めた古戦場があったり。

また交通の面でも重要な拠点なのです。今では西武新宿線・国分寺線・西武園線が交わる東村山駅ですが、実は戦前から交通網は発達していました。川越鉄道という会社が、国分寺~久米川(現・東村山)間、久米川~川越間を開業。昭和に入って、高田馬場~久米川も開通し、現在の西武新宿線の前身が誕生しました。ここで紹介した3路線の全てが久米川(現・東村山)駅を起点に開発されていたことがわかります。ね、東村山って、意外な顔を持ってるでしょ?